産業動物獣医師を目指す人に向けて

【安楽死/安楽殺】臨床獣医師が行う産業動物(牛)の殺処分について【残酷?かわいそう?】

動物の安楽殺についてはとても扱いにくいテーマでありながら、動物に関わる獣医師ならば切っても切れないテーマだと思います。

動物の中でも、犬・猫などの愛玩動物と牛・豚などの産業動物では飼養目的が大きく異なるため、安楽殺に関する捉え方も大きく異なります。

愛玩動物であれば、これ以上治療を行なっても治療効果が認められず、これ以上苦しむのは可愛そうだからという理由で安楽殺される場合が多いです。

一方、産業動物の飼養目的を端的に言えば、動物を利用し、お金を稼ぐことです。

そのため、安楽殺(殺処分)する基準が全く異なります。

今回の記事では、

  • 産業動物(牛)の殺処分する時ってどんな時?
  • 現在行われている牛の殺処分の方法はどんなやり方?
  • 家畜の殺処分は必要なのか?

ということについて、お話してみたいと思います。

現在、私は産業動物獣医師として働いております。

詳しくは、『【プロフィール】なぜ産業動物獣医師の私がブログを書いているのか?』をお読みください。

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牛を殺処分(廃用)にする時ってどんな時?

乳牛の一般的なライフサイクル(一生)は、適齢期になると人工授精により子牛を産み、そして乳を生産し、何度かこれを繰り返した後、最期は肉として出荷されます。

産業動物の飼養目的は動物を利用し、お金を稼ぐことであるので、乳牛の場合、下記の3点が満たされなければなりません。

  • 子牛の売却益
  • 乳の売却益
  • 個体(肉)の売却益

基本的に、妊娠できなくなったり、乳量が少なくなったりすれば、そろそろ出荷(肉としてと畜場に出す)しようかなということになります。

最終的に出荷できるなら、殺処分する機会はないのでは?と考えられるかもしれません。

しかし、残念ながら殺処分する機会はあるというのが現状です。

単純な話で殺処分する場合というのは、肉として出荷できない場合ということになります。

簡単に書くと以下のような時です。

  • 怪我や病気でもうすぐ死にそうな時
  • 先ほど挙げた利益が得られず、飼養価値を失った時
  • 口蹄疫などの法定伝染病であった時

このような場合、出荷できないため、殺処分の対象となります。

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牛の殺処分はパコマの静注が最も一般的に行われている

現在、臨床現場で最も多く用いられているのが、パコマを静脈内注射にて殺処分するという方法です。

2010年に宮崎県で発生した口蹄疫の際にも、パコマの静脈内注射で牛の殺処分が行われたと報告されています。

パコマとは何か?

パコマとは、〔モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)〕-アルキル(C9-15)トルエン水溶液のことで、いわゆる逆性石鹸である。

実際に臨床現場では、パコマを適切な濃度に希釈し、様々な消毒に使われています。

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パコマの殺傷効果・毒性とは?

これだけ牛の殺処分で広く用いられているパコマですが、その中身はただの逆性石鹸です。

そんなパコマは生体内で主に以下の3つの殺傷作用があると考えられています。

①蛋白凝固作用

陽イオン系界面活性剤として蛋白質凝固作用が強いとされています。

②溶血作用

作用機序はよくわかっていないが、赤血球の溶血作用があるとされています。

③クラーレ様作用

そもそもクラーレとは南アフリカの先住民が狩猟のために用いていた毒物の総称で、本来の意味は「鳥を殺す」という意味だそうです。

現在ではクラーレからツボクラリン(筋弛緩作用のある物質)などの多数のアルカロイド(植物由来の有毒性物質)が分離されています。

クラーレの作用は、運動神経終末、つまり神経筋接合部で神経伝達物質のアセチルコリンと拮抗することで、筋弛緩作用が発現するという機序です。

パコマの主な殺傷作用は、①蛋白凝固作用、②溶血作用、③筋弛緩作用の3つがある。

パコマの打ち方と死ぬまでの経過

臨床の現場で成牛を殺処分をする際には、50mlのパコマの原液を牛の頸静脈または乳静脈などに静脈内注射を行います。

この際、麻酔薬や鎮静薬は打つことはありません。

そして静脈内にパコマを打たれた牛は、立位の場合、個体にもよりますが15秒程度経過すると倒れます。

その後、個体によりますが、静かに死んでいく個体もいれば、暴れながら死んでいく個体もいます。

多くの場合、横臥になり、足をもがく遊泳運動を行う個体が多いです。

1分〜1分半程度経過すると大抵の牛は絶命し、眼瞼反射の消失などをみて、死亡を確認します。

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犬・猫などペットの安楽殺には塩化カリウムの静脈内投与を行われている

ペットの安楽殺に関しては麻酔下で塩化カリウムの静脈内投与を行い、心停止させる方法が一般に行われていると思います。

この方法を牛で行うには費用がかかるため、通常行われることはありません。

かつては硫酸マグネシウムを静脈内投与を行い、牛の殺処分を行っていたこともあるそうですが、現在ではパコマが一般的だと思います。

獣医師として家畜の殺処分は必要だと思うか?

産業動物獣医師として、家畜の殺処分を行っていますが、家畜の殺処分は私は必要だと考えています。

なぜなら、家畜というのは生まれてから死ぬまで人間がコントロールしなければならない動物であるからです。

家畜というのは、人間が遺伝子レベルで品種改良を行い、効率的に畜産物を生産できるように作られた動物です。

家畜を飼うということは、生まれてから死ぬまでその動物の全てを管理するということであり、やはり殺処分というのは必要だと考えています。

もちろん私自身、好んで動物を殺処分しているわけではなく、できる限り殺処分は行いたくありません。

また殺処分が0であれば良いのか?という話になると、アニマルウェルフェアからしても苦痛を伴う動物は殺処分してあげた方が良いと考えています。

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殺処分することで農家の負担を軽減することができる場合もある

自分で立つことのできない体重の重たい牛は1日に何度か吊起してやらなければ、下側の筋肉をダメにしてしまいます。

このように牛を吊起するのは農家にとって、かなりの手間と負担がかかります。

そのような立てずに、もう治療しても見込みのない牛に関しては、獣医師が殺処分することで農家の肉体的および精神的負担を減らすことができます。

時には殺処分を行うことで農家から感謝されることもあります。

一般の方からすれば、殺処分=残酷、可哀想と思うと思います。

しかし、私も獣医師として動物に接していく中で、安楽殺への考え方は変わってきました。

この記事を読むことで、みなさんが安楽殺を考えるきっかけになれば嬉しいです。

今回は産業動物獣医師が行っている家畜の殺処分のリアルについて、お伝えしました。

少しでも参考になれば嬉しいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

他にも獣医師に関することを書いていますので、是非他の記事もお読みください。

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当ブログを運営・管理している”とんち”です。 現在、北海道で産業動物臨床獣医師として働きながら、ブログを書いています。 詳しくは、『【プロフィール】なぜ産業動物獣医師である私がブログを書いているのか?』をご覧ください。
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