産業動物獣医師を目指す人に向けて

この牛いつ分娩する?難産介助するタイミングと失位整復について

分娩の前後は農家が最も気を遣う時期であり、獣医師も難産介助などで往診依頼をされることが多くあります。

その他にも、往診ついでに

  • 分娩予定日を過ぎているけど、なかなか産まないんだけど…
  • 分娩がちゃんと進んでいるか診て欲しい

と言われることも多いです。

そこで今回は、

  • 牛がいつ分娩するか?
  • 分娩が正常に進んでいない?
  • 難産介助に入るタイミングとその方法は?

ということについて、ご説明したいと思います。

現在、私は北海道で産業動物獣医師として働いています。

詳しくは、『【プロフィール】就職で北海道に!とんでもない田舎だった…』をお読みください。

【プロフィール】なぜ産業動物獣医師である私がブログを書いているのか?こんにちは! 現在、私は北海道で産業動物獣医師として働いています。 獣医師として働くかたわら、『獣医ってこんな感じだよ!』ということ...

いつ産まれるのか?総合的に分娩兆候を見て予測しよう!

往診ついでによく頼まれるのが、この牛ちゃんと分娩進みそう?ということです。

私たち獣医師は、直腸検査で子宮外口の開き、粘液の状態、子宮捻転の有無、胎児の生死確認などを行っています。

いつ産むのかに関しては、いくつか見るポイントがあり、総合的に判断して、およそいつ産むか考えることができます。

ではそのポイントについて一つ一つ説明していきたいと思います。

【ピング音/拍水音/軋轢音】乳牛の聴診方法について現役獣医師が説明します!産業動物獣医師として診療に携わるようになってから、しばらくが経ちました。 今思い返すと、学生時代に臨床実習に参加した際には、先輩が何を...

①子宮頸管(外口)の開き、粘液の性状

(1)子宮外口が緊張し、糊状の粘液

今晩は産まないということはできます。

しかし明日以降いつ産むかはわかりません。

(2)子宮外口が1〜2指幅で、粘液が少し緩い

明日か明後日に産むと思うけど、今晩産むかもしれないということはできます。

(3)子宮外口が3指幅で、粘液が緩い

今日か明日に産みます。

(4)子宮外口に拳が入り、胎胞が触れる

12時間以内に産みます。

(5)足胞が外陰部から見えている

数十分から数時間以内に産みます。

初産では2時間以内、経産では1時間以内に産むことがほとんどです。

②仙坐靭帯が両方緩む(凹む)

牛の後ろから、仙骨と坐骨結節を結ぶ線を見ると真っ直ぐに見えると思います。

それが分娩が近づき、仙坐靭帯が緩むと、凹んでいるように見えます。

産道が落ちるとも言われますが、このように仙坐靭帯の緩みが観察できれば、12時間以内に産むと言われています。

③乳房が張ってくる

これはよく農家が普段から一番見ているところだと思います。

分娩日が近いのに、乳が張ってこないということで、異変に気付く人も多いです。

また乾乳期が近いのに逆に乳が出過ぎているということで、異変に気付く人もいます。

その他、分娩直前や分娩中に漏乳が激しいと、低Ca血症も疑われるので要注意です。

【新規就農者/酪農家/臨床獣医師におすすめの本】牛の行動を観察してカウシグナルズ(Cow Signals)を読み取ろう! ”牛の行動を観察しよう”とよく言われますが、牛の正常な行動・異常な行動について知っていますか? 私は現在産業動物獣医師として働いて...

④体温が一過性に下がる

分娩近い牛を毎日検温している人は、少ないと思いますが、分娩の12〜24時間前に一過性に体温が下がります。

母牛の体温が下がってから、12〜24時間以内に産むとされています。

これらのポイントを総合的に見て分娩の予測をしよう

特に注目して見るポイントを挙げましたが、残念ながら、完璧に分娩する日時を言い当てることはできません。

それぞれのポイントを観察し、総合的に見て分娩のおおよその予測が立てられます。

そして分娩の兆候がなければ無いほど、正確に分娩日を言い当てることはできません。

分娩予定日を過ぎているのに、全く分娩兆候が見られない場合は、獣医師へ往診依頼して分娩誘起を依頼しましょう。

分娩が正常に進んでいない?獣医を呼ぼうかな?

まず牛の分娩について、ある程度理解していなければ、その分娩が正常か異常なのか理解することは難しいと思います。

その判断ができなければ、どのタイミングで獣医を呼ぶことさえ、判断することが難しいです。

そこで牛の分娩について、あまり理解していないという人に読んで欲しい本が、堀仁美獣医師著の『ちょっと待って!!その分娩、本当に子牛の牽引が必要!?ー牛のお産正常・異常とその対処』という農家向けに書かれた牛のお産に関する本になります。

この本を読む事で、牛の正常なお産について理解することができます。

将来、牛の臨床獣医師になりたいという獣医学生の方も読まれることをお勧めします。

大変おすすめの本なので、読んだことのない人はぜひ読んでみてください。

 

話は戻りますが、正常な分娩でない可能性が高いものは次の場合になります。

①軽い陣痛開始から12時間経っても何もない、強い陣痛から2〜3時間経っても一次破水しない

②一次破水して1時間経っても足胞がない

③一次破水してから3〜4時間経っても胎児が娩出されない

④足胞が出て来てから2時間経っても胎児が娩出されない(経産だと1時間、未経産だと2時間が多い)

これらが農家が異変だと気付き、そして農家が産道に手を入れ確認するタイミングになります。

そして産道に手を入れて、子宮捻転や重度の失位が疑われれば、獣医師を呼びます。

【NOSAI/動物病院】診断のために産業動物獣医師が飼い主(農家)に必ず聞くこと【臨床実習】NOSAI実習や動物病院実習に参加する際、鑑別診断するために飼い主(農家)にどのようなことを聞けば良いかわかりますか? 特に初診時には...

分娩異常で介助する前に確認すべきこと

分娩異常があった際、難産介助前にするべき事がいくつかあります。

①十分に難産介助できる環境が整っているか

例えば、繋ぎ牛舎の場合、尿溝がしっかり塞がって安全に介助できるか。

牛が寝込んでしまっている場合、吊起する準備はできているのか。

そのような環境をしっかりと整える必要があります。

【ピング音/拍水音/軋轢音】乳牛の聴診方法について現役獣医師が説明します!産業動物獣医師として診療に携わるようになってから、しばらくが経ちました。 今思い返すと、学生時代に臨床実習に参加した際には、先輩が何を...

②母牛に異常がないか確認する

乳熱、分娩前後の低Ca血症

3産以上(まれに2産)の分娩前後の起立不能の場合には乳熱になっていないか確認するべきです。

もし少しでも乳熱の可能性が疑われる場合には、まずカルシウムを投与してから介助に入る必要があります。

カルシウム剤を投与する事で産道(子宮頸管)の広がりも良くなり、母牛の陣痛も正常になる可能性もあります。

子宮捻転

産道が狭いという場合だけで無く、必ず子宮捻転がしていないか確認する必要があります。

子宮捻転しているのに、農家が牽引し、母牛子牛ともに廃用になってしまったというものも少なくないように感じます。

子宮捻転の多くは子宮頸管などの手前で起こることが多いので、膣のひだと直腸からの子宮広間膜の捻れがないかよく確認するようにします。

産道に異常を感じた際には、獣医師を呼びましょう。

大腸菌性乳房炎などショック状態でないか

これは数はそれほど多くはありませんが、母牛が何らかのことが原因でショック状態なのであれば、ショック状態の改善を先に行い、分娩介助を行うようにします。

③難産介助前に準備を万全に行う

難産介助前には、失位整復や子牛の蘇生に必要なもの全て揃えてから行うようにしましょう。

産科チェーン、産科ハンドル、産科ベルト、産科ワイヤー

ほとんどの難産介助で使用するものなので、これらは農家でも持っていることと思います。

子牛用人工呼吸器

これもほとんどの農家で持っていると思いますが、羊水などを誤嚥した際にはすぐに人工呼吸器で羊水吸い出して蘇生できる準備をしておきましょう。

【新人獣医師・獣医学生必見】産業動物臨床獣医師におすすめの専門書/参考書【乳牛の勉強】大学の講義で、牛の臨床についての講義はあるけど、もっと体系的に勉強したい。 産業動物獣医師として就職してから、牛の臨床のことを勉強した...

難産介助の基本は引っ張るのではなく正常位に直すこと

難産の往診で、おそらくかなり無理やり引っ張ったであろう状態で、母牛は弱り、すでに胎児は死亡しているという症例もあります。

基本的に失位があれば、いくら無理やり引っ張っても、娩出されることはありません。

産道がなんとなく狭いけど、引っ張ってみたということもありました。

子宮捻転も整復しなければ、娩出されることはありません。

分娩介助する見極めと、獣医師を呼ぶ見極めつけるのが、農家の一番の役目だと思います。

そのためにも『ちょっと待って!!その分娩、本当に子牛の牽引が必要!?ー牛のお産正常・異常とその対処』を読んで、その見極めをして欲しいと思います。

 

以上、簡単ではありますが、牛の分娩に関して簡単に説明させてもらいました。

参考になれば幸いです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

【安楽死/安楽殺】臨床獣医師が行う産業動物(牛)の殺処分について【残酷?かわいそう?】動物の安楽殺についてはとても扱いにくいテーマでありながら、動物に関わる獣医師ならば切っても切れないテーマだと思います。 動物の中でも、...
【新卒/1年目】北海道の産業動物獣医師の初任給を公開します【給料明細】『好む好まざるに関わらず、人は金を得るために、人生の多くの時間をそのために使っている。いいか言わば自分の存在、命を削っている。存在そのも...
ABOUT ME
とんち
当ブログを運営・管理している”とんち”です。 現在、北海道で産業動物臨床獣医師として働きながら、ブログを書いています。 詳しくは、『【プロフィール】なぜ産業動物獣医師である私がブログを書いているのか?』をご覧ください。
こんな記事もおすすめ!
北海道で暮らしたい人に向けて

【僻地に住むのは大変】北海道の僻地手当・特地勤務手当はいくらあれば足りる?

2022年2月20日
北海道の田舎暮らし
広大な土地を有する北海道ですが、北海道の人口のほとんどが札幌近辺に集中しています。 札幌から遠く離れた場所に勤める場合には、僻地手当や特地 …
産業動物獣医師を目指す人に向けて

【現役獣医師の本音】産業動物臨床獣医師の不足問題の実情と今後に関して思う事

2021年12月9日
北海道の田舎暮らし
昨今、産業動物臨床獣医師が不足していると言われています。 獣医大学の講義やレポートなどでもよくこの問題は取り上げられる事が多く、私も学生時 …
産業動物獣医師を目指す人に向けて

【年収が高い?低い?】北海道の産業動物獣医師の給与推移について【給料明細】

2020年8月30日
北海道の田舎暮らし
「獣医さんってどのくらいお給料もらってるの?」 「今獣医学生なんだけど、実際にどのくらいの給料なんだろう?」 このように疑問に思っている …
産業動物獣医師を目指す人に向けて

【現役獣医師が語る】臨床獣医師・獣医学生におすすめの聴診器【動物のお医者さん】

2020年6月10日
北海道の田舎暮らし
動物は言葉を話すことはできません。 獣医師が動物を診察する際には、飼い主からの稟告を元に、視覚、聴覚、触覚、嗅覚など人間の感覚をフルに使い …

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA