産業動物獣医師として診療に携わるようになってから、しばらくが経ちました。
今思い返すと、学生時代に臨床実習に参加した際には、先輩が何をやっているのかよくわからず、「聴診してみな」と先輩に言われるがまま、先輩がやっているように見様見真似で聴診していました。
当時は、『なんか先輩が牛にデコピン始めたり、今度は揺すり出したぞ』などと恥ずかしながらそのような感想でしかありませんでした(笑)
そんな私でも牛の聴診についてある程度理解してきましたので、牛の聴診について私のわかる範囲でですが、ご説明したいと思います。
この記事を読むことで、
- 牛の診察(特に聴診)のやり方とポイント
- 獣医師が聴診する目的
について理解できるので、臨床実習に参加される獣医学生の方は必ずお読みください。
また『【現役獣医師が語る】臨床獣医師・獣医学生におすすめの聴診器』という記事ではおすすめの聴診器を紹介しているので、お読みください。
現在、私は北海道で産業動物獣医師として働いています。
詳しくは、『【プロフィール】なぜ産業動物獣医師の私がブログを書いているのか?』をお読みください。
牛の聴診する部位とやり方について
牛の聴診する部位は大きく分けると、以下の7箇所あります。
- 左けん部
- 左腹部
- 左胸部
- 左肺野
- 右腹部
- 右胸部
- 右肺野
これらの部位に聴診器を当てて、生体内の音を聴取し、どのような状態か把握していきます。
聴診部位はできれば、毎回同じ順序で聴診するのが望ましく、私は上記の①〜⑦の順に聞いています。
①左けん部:第一胃(ルーメン)の蠕動音
左けん部に聴診器を押し当てているのは、第一胃(ルーメン)の蠕動音を聞いています。
一般に2〜3分程度左けん部に聴診器を当て続け、よく第一胃が動いていれば、ゴロゴロゴロ、ゴゴゴゴゴなどといった音がおよそ1分間に1〜2回程度聴取されます。
この音は第一胃壁と内容物との接触音を聴取しています。
この音はぐるぐるぐると聞こえるため、グル音と表現される先生もいらっしゃいます。
体調の良くない牛を聴診すると、全く聴取されなかったり、音が弱かったりします。
TMRを食べさせている牛群では、第一胃の蠕動音は弱く聴取されたりもします。
また体調が悪く、ルーメンマットが十分に形成されていない牛のけん部の聴診では心音が聞こえたり、第四胃変異の時には異常発酵により発生したガスがポコポコと聞こえたりします。
そしてこの左けん部の聴診時間は長いので、
- 立ち方はどうか?
- 脂肪ののり具合はどうか?
- 皮温はどうか?
- 顔つきはどうか?
- 餌槽にエサは残っているか?
- ケトン臭はするか?
なども確認しながら、その牛の状態をよく観察しましょう。
②左腹部:聴打診、ピング音(Ping sound)、振とう聴診
牛の体壁に聴診器のチェストピースを押し付けて、体壁をデコピンすることで、生体内がどのような状態か調べることをピングテストと言います。
私の場合は、最後肋骨(季肋)上にチェストピースを押し当てて、広い範囲をデコピンしています。
このデコピン、実は意外と力がいるんですよね。デコピンが弱いと反響音が聴取されないため、疾患の見落としに繋がるのでデコピンが弱い人は訓練しましょう(笑)
このピング音は、生体内の状態により、反響して聞こえる音は異なります。
例えば、臓器の中が詰まっている状態なら、ボンボンボンと低い音が聴取されます。
また多くの第四胃変異ではピングテストで、キンキンキンやカンカンカンなどといった有響性金属音(メタリックサウンド)が聴取されます。
左の聴打診では主に第四胃変異の診断のため、聴打診が行われます。
有響性金属音は、ルーメンマットのない第一胃や、術後の腹腔でも聴取されますし、有響性金属音のしない四変(ガスが抜けて貯留していない)もあるので、それらを鑑別しなければなりません。
また四変の際には、第四胃内に液体が貯留していることが多く、体壁を押して揺することでチャプチャプといった拍水音が聴取されることがあります。これを振とう聴診と言います。
③左胸部:左心音
教科書などには、左の心音は、肺動脈弁、大動脈弁、僧帽弁(左房室弁)の3箇所を移行聴診するなどと書かれていますが、実際に移行聴診している獣医師はそれほど多くないと思います。
私の場合は、前肢と体壁の間にチェストピースを滑り込ませて、最強点で心音を聴取しています。
聴診時に、胸部浮腫や拍水音、心音の減弱や強盛、その他異常音が認められた場合にはより慎重に聴診しています。
心拍数は成牛:60〜85回/分、子牛:80〜120回/分が基準値とされています。
最低、15秒は心拍数を数えましょう。
④左肺野
左の肺野にチェストピースを当て、左の肺音の聴取を行います。
私の場合はまず肘後の肺野に当て、その後広く肺野を聴診していきます。
肺炎の際には、気管支が肥厚し、肺副雑音(異常音)が聴取されます。
内径が太い管を空気が通っても空気の通る音は聞こえにくいのに対して、炎症が起き、肥厚することで内径が細くなり、そこを空気が通ると音が聞こえやすくなるといった具合です。
子牛、育成牛、成牛によっても正常な肺音は聞きやすさは異なります。
成長すればするほど、気管支は太くなるため、先ほど説明した通り、呼吸音も聴取しにくくなります。
健康な成牛では、呼吸音は集中して聴取しなければほとんど聞こえません。(※実際の牛群では過去に子牛や育成期に肺炎に罹患している個体も多く、副雑音が聴取されることが多々あります)
一方、健康な子牛でも呼吸音は普通に聴取されるので、肺炎で肺副雑音が聞こえているのかよく聞き分ける必要があります。
呼吸数は成牛:20〜30回/分、子牛:24〜34回/分が基準値とされています。
呼吸数も最低15秒は数えましょう。
⑤右腹部:聴打診、ピング音(Ping sound)、振とう聴診
基本的には左の聴打診と同じですが、右では、第四胃変異、結腸鼓脹、盲腸鼓脹の鑑別が必要になります。
これらの鑑別は有響性金属音(メタリックサウンド)が聴取される位置、触診、直腸検査、超音波検査などによって総合的に鑑別していく必要があります。
⑥右胸部:右心音
牛は呼吸器感染症が多いため、呼吸器(肺)から肺静脈に移行し、心臓に到達し、細菌などが三尖弁(右房室弁)に感染することで、心内膜炎を起こすことが多いため、必ず右の心音も聴取するようにしましょう。
⑦右肺野
牛の右肺には気管の気管支が存在し、呼吸器感染症を起こした際に最も感染しやすい部位なので、必ず右の肺音も聴診するようにしましょう。
その他にも、骨折や股関節脱臼で軋轢音を聞き取れることも
骨折や脱臼が疑われる症例では、、罹患部にチェストピースを押し当てながら、罹患肢を動かすことで、診断できることがあります。
骨折や脱臼時には、骨と骨が擦り合わさり、ゴリゴリゴリやギシギシギシという軋轢音や普段聞こえない異常音が聞こえることがあります。
聴診は難しいけど、とにかく丁寧にたくさん聴診しよう
聴診は簡単なように見えて、実際はかなり難しいです。
参考書で聴診に関してもいろんなことが書かれていますが、正直それを読んでもいまいち理解することは難しいと思います。
聴診に関して、とにかく丁寧にたくさん聴診するしかないと思います。
冒頭にも書きましたが、私が学生の頃は聴診のやり方も理解していませんでした。
どんなに先生でも最初は全くわかっていなかったのですから、もし実習に参加した際には往診随行担当の獣医師に一つ一つ聞いてみると良いと思います。
聴診は診断するための手段だけではない
聴診は診断するための一つの手段に過ぎません。
実際には、稟告や視診、血液検査などから総合的に診断を行います。
一方で、『大丈夫だと思うんだけど、ちょっと聴診器を当てて診て欲しい』と言われることも少なくありません。
以前、お年寄りの方が最近の医者(人間の)はパソコンで入力してばかりで、全然診てくれないといっていたのを耳にしたことがあります。
やはり獣医師が聴診器を当てて動物の状態を診るという行為自体、畜主を安心させる重要な行為であるようにも感じています。
以上、ざっくりとですが、産業動物獣医師を志す獣医学生の方が、臨床実習に挑む際に少しでもお役に立てれば幸いです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
『【新人獣医師・獣医学生必見】産業動物臨床獣医師におすすめの専門書/参考書【乳牛の勉強】』では、おすすめの参考書を紹介しています。
『【新卒/1年目】産業動物獣医師の初任給を公開します【給料明細】』という記事では、産業動物獣医師の初給与についても公開していますのでお読みください。