分娩の前後は農家が最も気を遣う時期であり、獣医師も難産介助などで往診依頼をされることが多くあります。
その他にも、往診ついでに
- 分娩予定日を過ぎているけど、なかなか産まないんだけど…
- 分娩がちゃんと進んでいるか診て欲しい
と言われることも多いです。
そこで今回は、
- 牛がいつ分娩するか?
- 分娩が正常に進んでいない?
- 難産介助に入るタイミングとその方法は?
ということについて、ご説明したいと思います。
現在、私は北海道で産業動物獣医師として働いています。
詳しくは、『【プロフィール】就職で北海道に!とんでもない田舎だった…』をお読みください。
いつ産まれるのか?総合的に分娩兆候を見て予測しよう!
往診ついでによく頼まれるのが、この牛ちゃんと分娩進みそう?ということです。
私たち獣医師は、直腸検査で子宮外口の開き、粘液の状態、子宮捻転の有無、胎児の生死確認などを行っています。
いつ産むのかに関しては、いくつか見るポイントがあり、総合的に判断して、およそいつ産むか考えることができます。
ではそのポイントについて一つ一つ説明していきたいと思います。
①子宮頸管(外口)の開き、粘液の性状
(1)子宮外口が緊張し、糊状の粘液
今晩は産まないということはできます。
しかし明日以降いつ産むかはわかりません。
(2)子宮外口が1〜2指幅で、粘液が少し緩い
明日か明後日に産むと思うけど、今晩産むかもしれないということはできます。
(3)子宮外口が3指幅で、粘液が緩い
今日か明日に産みます。
(4)子宮外口に拳が入り、胎胞が触れる
12時間以内に産みます。
(5)足胞が外陰部から見えている
数十分から数時間以内に産みます。
初産では2時間以内、経産では1時間以内に産むことがほとんどです。
②仙坐靭帯が両方緩む(凹む)
牛の後ろから、仙骨と坐骨結節を結ぶ線を見ると真っ直ぐに見えると思います。
それが分娩が近づき、仙坐靭帯が緩むと、凹んでいるように見えます。
産道が落ちるとも言われますが、このように仙坐靭帯の緩みが観察できれば、12時間以内に産むと言われています。
③乳房が張ってくる
これはよく農家が普段から一番見ているところだと思います。
分娩日が近いのに、乳が張ってこないということで、異変に気付く人も多いです。
また乾乳期が近いのに逆に乳が出過ぎているということで、異変に気付く人もいます。
その他、分娩直前や分娩中に漏乳が激しいと、低Ca血症も疑われるので要注意です。
④体温が一過性に下がる
分娩近い牛を毎日検温している人は、少ないと思いますが、分娩の12〜24時間前に一過性に体温が下がります。
母牛の体温が下がってから、12〜24時間以内に産むとされています。
これらのポイントを総合的に見て分娩の予測をしよう
特に注目して見るポイントを挙げましたが、残念ながら、完璧に分娩する日時を言い当てることはできません。
それぞれのポイントを観察し、総合的に見て分娩のおおよその予測が立てられます。
そして分娩の兆候がなければ無いほど、正確に分娩日を言い当てることはできません。
分娩予定日を過ぎているのに、全く分娩兆候が見られない場合は、獣医師へ往診依頼して分娩誘起を依頼しましょう。
分娩が正常に進んでいない?獣医を呼ぼうかな?
まず牛の分娩について、ある程度理解していなければ、その分娩が正常か異常なのか理解することは難しいと思います。
その判断ができなければ、どのタイミングで獣医を呼ぶことさえ、判断することが難しいです。
そこで牛の分娩について、あまり理解していないという人に読んで欲しい本が、堀仁美獣医師著の『ちょっと待って!!その分娩、本当に子牛の牽引が必要!?ー牛のお産正常・異常とその対処』という農家向けに書かれた牛のお産に関する本になります。
この本を読む事で、牛の正常なお産について理解することができます。
将来、牛の臨床獣医師になりたいという獣医学生の方も読まれることをお勧めします。
大変おすすめの本なので、読んだことのない人はぜひ読んでみてください。
話は戻りますが、正常な分娩でない可能性が高いものは次の場合になります。
①軽い陣痛開始から12時間経っても何もない、強い陣痛から2〜3時間経っても一次破水しない
②一次破水して1時間経っても足胞がない
③一次破水してから3〜4時間経っても胎児が娩出されない
④足胞が出て来てから2時間経っても胎児が娩出されない(経産だと1時間、未経産だと2時間が多い)
これらが農家が異変だと気付き、そして農家が産道に手を入れ確認するタイミングになります。
そして産道に手を入れて、子宮捻転や重度の失位が疑われれば、獣医師を呼びます。
分娩異常で介助する前に確認すべきこと
分娩異常があった際、難産介助前にするべき事がいくつかあります。
①十分に難産介助できる環境が整っているか
例えば、繋ぎ牛舎の場合、尿溝がしっかり塞がって安全に介助できるか。
牛が寝込んでしまっている場合、吊起する準備はできているのか。
そのような環境をしっかりと整える必要があります。
②母牛に異常がないか確認する
乳熱、分娩前後の低Ca血症
3産以上(まれに2産)の分娩前後の起立不能の場合には乳熱になっていないか確認するべきです。
もし少しでも乳熱の可能性が疑われる場合には、まずカルシウムを投与してから介助に入る必要があります。
カルシウム剤を投与する事で産道(子宮頸管)の広がりも良くなり、母牛の陣痛も正常になる可能性もあります。
子宮捻転
産道が狭いという場合だけで無く、必ず子宮捻転がしていないか確認する必要があります。
子宮捻転しているのに、農家が牽引し、母牛子牛ともに廃用になってしまったというものも少なくないように感じます。
子宮捻転の多くは子宮頸管などの手前で起こることが多いので、膣のひだと直腸からの子宮広間膜の捻れがないかよく確認するようにします。
産道に異常を感じた際には、獣医師を呼びましょう。
大腸菌性乳房炎などショック状態でないか
これは数はそれほど多くはありませんが、母牛が何らかのことが原因でショック状態なのであれば、ショック状態の改善を先に行い、分娩介助を行うようにします。
③難産介助前に準備を万全に行う
難産介助前には、失位整復や子牛の蘇生に必要なもの全て揃えてから行うようにしましょう。
産科チェーン、産科ハンドル、産科ベルト、産科ワイヤー
ほとんどの難産介助で使用するものなので、これらは農家でも持っていることと思います。
子牛用人工呼吸器
これもほとんどの農家で持っていると思いますが、羊水などを誤嚥した際にはすぐに人工呼吸器で羊水吸い出して蘇生できる準備をしておきましょう。
難産介助の基本は引っ張るのではなく正常位に直すこと
難産の往診で、おそらくかなり無理やり引っ張ったであろう状態で、母牛は弱り、すでに胎児は死亡しているという症例もあります。
基本的に失位があれば、いくら無理やり引っ張っても、娩出されることはありません。
産道がなんとなく狭いけど、引っ張ってみたということもありました。
子宮捻転も整復しなければ、娩出されることはありません。
分娩介助する見極めと、獣医師を呼ぶ見極めつけるのが、農家の一番の役目だと思います。
そのためにも『ちょっと待って!!その分娩、本当に子牛の牽引が必要!?ー牛のお産正常・異常とその対処』を読んで、その見極めをして欲しいと思います。
以上、簡単ではありますが、牛の分娩に関して簡単に説明させてもらいました。
参考になれば幸いです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。