牛の獣医さんと言えば、牛のおしりに手を入れる姿が衝撃的なのか、そのような印象を抱く人も多いように感じます。
実際そのようなイメージは間違いではなく、普段の往診の半分程度は繁殖治療と妊娠診断であるように感じます。
とはいえ、学生時代にはほとんど牛に触れる機会もなく、獣医師になるまでほとんど牛の直腸検査をすることなんてありませんでした。
そうして産業動物獣医師になって、一番技術習得に苦労したのが直腸検査でした。
そこで今回は、
- なぜ直腸検査は難しい?
- 直腸検査をできるようになる方法は?
- 直腸検査をするときに知っておけばよかったこと
ということについて、お話ししたいと思います。
現在、私は北海道で産業動物獣医師として働いています。
詳しくは、『【プロフィール】なぜ産業動物獣医師の私がブログを書いているのか?』をお読みください。
最初は全然わからない!牛の直腸検査の難しさ
直腸検査と言えば、繁殖や妊鑑だけでなく、その他の診断にも利用される技術ですが、今回は牛の繁殖と妊鑑についてのお話ししたいと思います。
直腸検査と言えば、よく直検(ちょっけん)と略されていますが、産業動物獣医師であれば、直検しない日はないというほど、毎日直検しています。
とは言え、最初の頃は、直検しても、子宮や卵巣に触れることは愚か、ただ牛のお尻の中が暖かくてうんちがいっぱいあるなぁ…という状況でした。
お腹の中はブラックボックスなんて表現されますが、直腸検査が難しいのは、なんと言っても全て触診によるところだと思います。
感触を言語化するのって本当に難しいですよね。
表現できたとしても、ぷにぷにしてる、ゴツゴツしてる、柔らかいなど、人によって触感は多少異なりますし曖昧ですよね。
専門書でも、”波動感”、”充実感”などと表現されることも多いですが、いまいち波動感や充実感と言われてもピンと来ませんよね。
触覚を他人に正確に伝えることは難しく、これが直検習得が難しい一番の理由だと思います。
繁殖や妊鑑の技術を習得する3つの方法
とは言え、産業動物獣医師なら誰しも直検できるようにならなければなりません。
直検の習得方法にはいくつかあると思いますが、次の3つを何度も繰り返し練習するしかないと思います。
最初は全くできずに、嫌になることもあると思いますが、根気強く頑張ってみてください。
①直腸検査が上手い先輩に教えてもらう(レクチャー)
先輩に教えてもらったという人が一番多いと思います。
同じ牛に手を入れて、今子宮や卵巣がどのような状態であるか、触った感触などを教えてもらい一つ一つ触感を覚えていくというやり方です。
特に昔はこのやり方が主だったんじゃないかと思います。
しかし、ポータブルエコーが普及し出した10年前ほどから繁殖検診は全てエコーで行っている先生もおり、臨床歴10年目くらいまでの人はエコーでやる人が多く、あまり触診しないという先生もいるようです。
また今はエコーがあるからエコー見て!と教えてもらえないこともありました。
それでも直腸検査が上手く、教えてくれる先輩がいれば、教えてもらうに越したことはないと思います。
②臨床獣医や家畜診療などの専門誌を読む(インプット)
繁殖や妊鑑の超音波診断に関する本については何冊かありますが、直腸検査のみを詳しく書いた本を見たことがありません。
一方、臨床獣医や家畜診療などの専門誌に直腸検査に関することが、掲載されていることがあります。
直腸検査に関しての知識を習得するには非常に有用ですし、この先生はこんな風にやっているんだと新たに知ることもできます。
直検時にぶち当たっている壁を解決してくれる緒(いとぐち)になるかもしれません。
③とにかく直検をしまくる(アウトプット)
なんといってもこれが一番大事だと思います。
よくわからなくても、毎日続けていけば、いつの間にかできるようになっていました。
『とにかく直検は数!数やればできる!』なんて言われますが、確かにその通りでもあります。
どんな地域にも、新人を育ててくれるような農家さんはいると思うので、そこでとにかく時間があるときに練習させてもらうといいと思います。
そして慣れてきたら、いろんな農家でやるのも大事だと思います。
農家が異なれば、牛も異なります。
牛群の入れ替えが早い農家では子宮小さくが触りやすいのに対して、高経産牛の牛群では子宮が大きくだらんと垂れているのも多いので難しいかもしれません。
直腸検査をするときに知っておいてよかったこと
毎日繰り返し練習しているといつの間にかできるようになってしまう直検ですが、それでもやる前に知っておくとよかったと思うことをいくつか紹介したいと思います。
①直腸壁は思っているより薄くてflexible
初めて直検をするときに、よく『子宮頸管は触れる?』と言われると思います。
子宮頸管はわかりやすく、頸管から子宮体、子宮角、卵巣と触る人も多いため、このように教えられることが多いと思います。
そこから左右の子宮角を触ろうとしたときに、なかなか思うように触れず、最初に苦戦するのが子宮角の触知だと思います。
子宮角を隈無く触るためには、子宮が巻いている場合には、子宮を反転させてから触らなければいけません。
これが最初に苦戦し、なかなか思うように子宮を持ち上げることができなかったです。
頸管も触れるし、子宮角も触れるんだけど、子宮を掴んでもなかなか持ち上げることができず、反転できない状態が続きました。
今から考えると、その頃は直腸壁を十分に弛緩させた状態で触ることができていませんでした。
直腸壁の厚さは思っているよりもかなり薄く、そして弛緩している状態だとかなり柔軟性があります。
実際にどれくらい薄くて柔軟性があるかと言うと、子宮頸管の下側に人差し指から小指の4本が全て入り、親指と他の4本でぐるっと頸管を握れるほどflexibleです。
弛緩している状態を作り出すためには、やはり直腸壁に刺激を与えず、ガス抜きをすることが重要です。
直検が上手い人は、直腸壁を弛緩させるのがとても上手です。
②人によって、直検のやり方は違う
直検も人によって多少やり方は違います。
これは、腕の太さ、長さ、手の大きさ、身長などによってやりやすさが各々違うからだと思います。
いろんな人にやり方を聞いて、自分の合っているやり方を見つけるのも手だと思います。
絶対にこうやらないといけないと言うことはないと思います。
③流産胎子など実物を触って、胎膜スリップや羊膜嚢を触る
直検で妊娠鑑定する際には、胎膜スリップや羊膜嚢を触って鑑定することになると思います。
これらの感覚は、書籍などにも書いていますが、それでも実際に一度流産胎子を触ると良いと思います。
なかなか流産胎子を手に入れることは難しいと思いますが、農家の人が見つけたのがあれば是非触ってみると良いと思います。
百聞は一触に如かずです。
ここまで直検について書いてきましたが、最初はなにがなんだかわからないことが多いと思います。
それでも根気よく続けていけば、誰でもできるようになると思います。
また『【妊娠鑑定/繁殖検診】獣医師が行う牛の直腸検査で卵巣や子宮の触診を上達するためのコツは?』という記事では、直腸検査の上達するコツを書いていますので、ぜひお読みください。
少しでも参考になれば嬉しいです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
この他にも、『【新人獣医師・獣医学生必見】産業動物臨床獣医師におすすめの専門書/参考書【乳牛の勉強】』では、おすすめの参考書を紹介しています。
また、『【現役獣医師が語る】臨床獣医師・獣医学生におすすめの聴診器【動物のお医者さん】』では、おすすめの聴診器を紹介していますので、ぜひご覧ください。